薬剤師資格は役に立った。でも仕事には興味が持てなかった話

化粧品メーカーを退職した後、私はドラッグストアへ転職しました。

転職エージェントから紹介された求人の中で、勤務地と給料の条件が一番良かったからです。

コールセンターなど別の仕事も紹介されましたが、特に興味は持てませんでした。

せっかく薬剤師資格もあるし、一度くらい薬剤師をやってみるか。

当時はそんな気持ちだったと思います。

また、この会社を選んだ理由の一つに転勤が多いこともありました。

私は昔から同じ場所で長く働くことがあまり得意ではありません。

定期的に環境が変わる方が自分には合っていると思っていました。

勤務地は横浜でした。

子供の頃、横浜に住む従姉妹の家へ遊びに行くのが好きで、一度住んでみたいと思っていたのです。

化粧品メーカーを辞めた直後だったこともあり、当時はかなり前向きでした。

ブラック気味の会社を辞められて、とてもすっきりしていたのを覚えています。

薬学部に進んだ理由

そもそも私は薬剤師になりたくて薬学部へ進んだわけではありません。

薬学部を勧めたのは親でした。

親の知人に薬剤師資格を活かして製薬メーカーで働いている人がおり、給料も良かったそうです。

また、私は昔から人付き合いが得意な方ではなく、親としては就職活動で苦労するのではないかと思っていたようでした。

資格があれば何とかなるだろう。

そんな考えもあったのだと思います。

もちろん科学そのものは好きでした。

そのため薬学部に進むこと自体には特に不満はありませんでした。

働いてみても興味は湧かなかった

配属されたのはドラッグストア内の調剤専門店舗でした。

一日200人近くの患者さんが来る忙しい店舗です。

毎日とにかく忙しく、仕事が終わる頃にはぐったりしていました。

同僚との関係が悪かったわけではありません。

それなりに仲良くなりましたし、仕事も問題なくこなしていました。

ただ、それでも仕事に興味は持てませんでした。

給料は良い。

仕事もできる。

それなのに面白くない。

毎日同じことの繰り返しに感じてしまい、少しずつ退屈さが大きくなっていきました。

当時は出勤するたびに、

「なんで現実にはスキップ機能がないんだろう」

と本気で考えていました。

休日だけになったらいいのに、とすら思っていたくらいです。

浜松への転勤

そんな中、転勤の話が出ました。

上司からは、

「静岡か名古屋に行ける?」

と聞かれました。

私は名古屋なら歓迎でしたし、静岡なら沼津あたりの店舗なら良いかなと思っていました。

沼津なら横浜や東京にも行きやすいですし、名古屋なら街としても大きく、大阪へも出やすいからです。

そこで、

「名古屋か沼津なら大丈夫です」

と答えました。

ところが実際の異動先は浜松でした。

どうやら上司の中で「静岡ならどこでも良い」と変換されていたようです。

浜松が悪い街というわけではありません。

ただ、私の趣味や生活スタイルとの相性はあまり良くありませんでした。

舞台やミュージカル、ライブを見るのが好きなのですが、それらは大体東京か大阪周辺です。浜松は東京にも大阪にも少し行きづらい距離です。

新幹線も「のぞみ」は停まりません。

友人も東京周辺に集中していたため、休日は東京へ遊びに行くことが多くなりました。

特に予定がない時は名古屋へ買い物に行くこともありました。

コロナ禍だったこともあり、放っておくと家と職場の往復だけになってしまいます。

地方都市は意識して外出しないと本当に歩きません。

実際、あまり動かない時期はたまに不整脈のような症状が出ることもありました。

逆によく歩いた後はしばらく出なくなるので、単純に動かなさすぎたのだと思います。

そのため、意識的に外へ出るようにしていました。

転勤が多い会社だから選んだはずなのに、結局横浜に3年、その後の浜松にも1年以上いました。

同期は次々と異動していたので、おそらく人が集まりにくい店舗だったのでしょう。

もう少しいろいろな店舗に行けたら良かったとも思います。

ハンドメイド販売を始めた

そんな生活の中で始めたのがハンドメイドでした。

もともと物作りは好きでした。

アクセサリーを作ったり、お菓子を作ったり。

漫画やイラストで綺麗なアクセサリーを見ると、自分でも作ってみたくなります。

仕事が終わると毎日のようにアクセサリーを作っていました。

最初から販売するつもりだったわけではありません。

単純に作るのが楽しかったのです。

ただ、作ったものはどんどん増えていきます。

「せっかくだし売ってみるか」

と思って始めたのがminneでした。

たまに売れる程度でしたが、自分で作ったものが売れると驚くほど嬉しかったのを覚えています。

違うテイストの作品はCreemaでも販売してみましたが、こちらはほとんど売れませんでした。

収益としては大したものではありません。

それでも、自分で作ったものを自分で売る経験はとても新鮮でした。

今思うと、この経験が後のカフェ開業にもつながっていたのだと思います。

カフェ開業を決めた日

もともとお菓子作りは好きでした。

作ったものを興味を持った友人や同僚にあげることも多く、「お店を出さないの?」と言われたことも何度かあります。

ただ、その頃は自分が店をやるなんて無理だと思っていました。

特に接客ができる気がしなかったからです。

ところが薬剤師として働いていると、患者さんとの会話は避けられません。

毎日たくさんの人と話しているうちに、得意かどうかは別として、必要ならできるようになるものだと分かりました。

浜松の職場では、上司との相性もあまり良くありませんでした。

細かいことを挙げれば色々ありますが、仕事に対する考え方がかなり違っていたのだと思います。

そんな状態が続いていたある日の面談で、ふと思いました。

「もう人の下で働きたくないな」

と。

同時に、

「今なら一人でやれるんじゃないか」

とも思いました。

雑貨屋にするかカフェにするかは少し迷いましたが、事業として成り立たせるならカフェの方が現実的に思えました。

その日のうちにカフェスクールへ申し込み、派遣会社も調べて連絡しました。

今思えば、カフェ開業への第一歩はあの日だったのだと思います。

今振り返って思うこと

薬剤師の仕事は最後まで好きにはなれませんでした。

ただ、薬剤師資格を取ったことは後悔していません。

派遣薬剤師として働くこともできましたし、開業資金を貯めることもできました。

そして今でも、「もしカフェがうまくいかなくても働ける」という安心感があります。

実際にそうなるかは分かりません。

ただ、明日からでも単発派遣で働けるという選択肢があることは、自営業を続ける上で思っていた以上に大きな支えになっています。

興味は持てなかった仕事でしたが、人生の選択肢を増やしてくれた資格だったことは間違いありません。

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